No.32 仏像入門(令和4年12月)

「なぜ仏像は不思議な姿をしているのか」
「仏像に込められた思い」

【仏像について】
 お寺にまつられる仏像を見ると、仏、菩薩のように優しい表情のものもあれば、明王のように恐ろしい表情のものも見られます。また仏像によって持ち物や手の形に違いがあり、仏像ごとに特徴があります。
 こういった仏像の姿は、仏教を開いたお釈迦様という方の身体にあったと伝わる「三十二相八十種好(さんじゅうにそうはちじっしゅこう)」を基本として仏像彫刻が作られました。しかし、仏像のすべての箇所が「三十二相八十種好」になぞらえて彫刻されたものではなく、仏様によって独自の特徴が見られます。
 本日は仏像について知っていただくために、幸福寺の「お地蔵様」を基にお姿を解説し、お地蔵様だけではなく、なぜ仏様が特徴的な姿をしているのかについて考えたいと思います。

【お地蔵様の髪型】
 多くの人から「お地蔵様」と愛称で親しまれていますが、正しくは「地蔵(じぞう)菩薩(ぼさつ)」と呼びます。「地蔵」とは、大地の徳を備えた仏様であることを指します。そして、現世の人々を救済する仏様としてお地蔵様は人気のある仏様です。
 さて、お地蔵さまの姿を見ると、坊主頭でお坊さんのような姿をしています。実は仏様のほとんどが「螺髪(らほつ)」というパンチパーマのように巻いた髪型をしています。
 古代インドでは、髪型はその人の身分を表す特徴の一つと考えられていました。お釈迦様は王族の出身でしたが、身分などによる差別をなくしたいと考えていましたので、身分を示す髪を剃り、身分にとらわれない姿勢を示していました。ところが仏像を彫刻した人々は、仏様は立派な方だからということで、髪型を整えた姿で彫刻され、仏像の基本的な姿が現在の形で伝わっています。
 お地蔵様が他の仏様と異なるお坊さんの姿をしているのは、お釈迦様の本来の教えである平等にのっとって作られたからと考えられます。そのため、初めてお地蔵様を製作した方は、人々を平等に救っていただけるようにお地蔵様に期待したのかもしれません。

【お地蔵様の持ち物】
 お地蔵様は右手に「錫(しゃく)杖(じょう)」、左手に「宝珠(ほうじゅ)」を持っています。
 錫杖は、お坊さんの持つ杖の一つで、杖の上方についている輪を動かすことで音が鳴るように作られています。もともとは音を出して獣(けもの)や毒蛇(どくへび)を追い払ったり、托鉢(たくはつ)修行のために信者から食事を頂くときに門前で音を鳴らして知らせるための道具でした。このような道具の用途(ようと)から、錫杖の音色は悪いものを払う力があると信仰されるようになりました。
 宝珠は、災いを除き、願いをかなえる力を持つ宝石の事です。そのため、お地蔵様には人々の願いをかなえる力があると信仰されています。しかし、幸福寺のお地蔵様は宝珠ではなく、左手に合掌する子どもが入った透明な玉をのせています。
 鎌倉時代に書かれた『沙(しゃ)石集(せきしゅう)』という説話集に、「地蔵は慈悲深いゆえに浄土(仏の世界)に住まず、地獄(じごく)や餓鬼(がき)などを住みかとし、罪人を友とする」ことが記されています。この『沙石集』の記述から、お地蔵様は地獄などの悪いところにあえてとどまり、人々を救う優しい仏様だと考えられました。
 その後、お地蔵さまは女性を救う功徳があると女性にも人気が出るようになり、女性たちの子どもをも救ってくださることから「地蔵和讃」や童謡などで子どもを救うお地蔵様の功徳がうたわれて厚く信仰されるようになりました。
 この子どもを救ってくださるという信仰を基に、幸福寺では左手に子どもをのせて守るお地蔵様が彫刻され、「子守り(こまもり)地蔵(じぞう)」「水子(みずこ)地蔵(じぞう)」として信仰されるようになりました。
子どもを手にのせているお地蔵様の姿は珍しい物なので、他のお寺でお地蔵様を見かけたら見比べてみてはいかがでしょうか。

【お地蔵様のおでこ】
 お地蔵様のおでこを見ると、小さなホクロのようなものが見られます。これは初めにお話した「三十二相八十種好」の一つで、「白毫(びゃくごう)」と呼ばれています。
白毫は白い毛のかたまりで、白毫から光を放ち世界を照らしたり、罪を滅する力を表していると言われています。もともとは、大人であることを表す印だったという説もありますが、白毫に関しては不明な点が多く、仏像をミステリアスに感じさせる要因の一つかもしれません。
 現在、白毫が「罪を滅する」力があると伝わるのは、仏様に自身の罪を正してもらいたいと願われたかもしれません。

【仏像の姿について】
 一部だけですが、幸福寺のお地蔵様の姿についてお話させて頂きました。簡単にまとめると、お地蔵様の髪は「平等」、錫杖は「悪いものを払う」、宝珠は「願いをかなえる」、白毫は「罪を滅する」といった意味があります。
これらを見て行くと、仏像が仏様の「力」や「救い」を表現していることが分かります。つまり、制作者の理想とする仏様が仏像彫刻の特徴として表れているのです。言い換えるならばこのような救いが欲しいという「願い」が形になったのが仏像の姿と言えるでしょう。
 今回は幸福寺のお地蔵様を例に挙げましたが、他のお寺でも様々な姿を持った仏様がまつられています。これらの仏像が拝まれてきたことで、そのお寺が続いてきました。
今後、皆様が仏像に手を合わせる時は、仏像に見られる姿から、仏像に込められた「願い」を感じ取って頂ければ幸いです。そして、その「願い」を意識すれば手を合わせる気持ちもより良いものになるのではないでしょうか。