No.2 お地蔵様のお話(平成28年9月号)

「お地蔵様について」

なぜ、六体のお地蔵様なの?
なぜ、よだれかけをかけるの?


〇お地蔵様はどのような仏様?

  お地蔵様はお坊さんの姿をした仏様です。右手に持っている錫杖は現世の人々を救う役割をあらわし、錫杖から発する音で我々の苦しみを除くとされています。
 また、六道で迷える人々を救い、水子の霊を導くといった説話が多い仏様です。

〇六道ってなに?

  六道とは私たちが生まれ変わりを繰り返す六つの世界
のことです。内容は次の通りです。

天道…天部(神様)の住む世界です。ほとんど苦しみのない世界です。
人間道…私たちの住む、名誉を欲しがって苦しむ世界。
修羅道…修羅という姿になって毎日争い続けて苦しむ世界。
畜生道…動物の世界。常に欲のままに動いてしまい苦しむ世界。
餓鬼道…餓鬼という鬼の姿となって、飢えに苦しむ世界。
地獄道…過ちをつぐなう場所で、自分の行いによって苦しみが変わる世界。

  お寺や道路などでお地蔵様が六体並んでいるのを見かけたことがありませんか。六体並んだお地蔵様を六地蔵といいます。有名な『笠地蔵』のお話では、おじいさんが笠をかけたのがこれです。一体一体のお地蔵様が六道のそれぞれの世界をあらわしています。
あるお経によるとお地蔵様が「私は毎朝、諸々の地獄におもむいて苦しむ人々を救っています。正しい行いをして十八日、二十四日に私の名前を唱える者の願いをかなえ、地獄に落ちるべき罪を取り除きましょう。」とお釈迦さまに語ったとされるお話が見られ、このような働き者のお地蔵様のご利益(りやく)にあやかりたいと思い我々は手を合わせるようになりました。
 
〇お地蔵様とよだれかけ

救いを求める者の中には自身の救いだけではなく、家族の救いを求める者もあります。特に親は亡き子ども(水子)の救いを求め、お地蔵様によだれかけをかける姿を目にします。よだれかけについては次のようなお話があります。
三途の川で迷った水子は母を思いながら石を積むとされており、その姿を憐れむ一人の母親は、常にお地蔵様は黄泉の国を歩いておられるので、必ず三途の川にもいかれると信じて救いを求めるようになりました。お地蔵様は「三途の川には多くの水子がいて見分けることができません。何かその子を見分ける手掛かりはありませんか。」すると母親は子どものにおいのついたよだれかけをお地蔵様に渡し、そのにおいを頼りに救って頂いたというものです。つまり、よだれかけは親の愛情をあらわし、三途の川へ行った水子を救いたいと願う気持ちのうつしなのです。

〇桂地蔵のお話

このような不思議な力を持ったお地蔵様ですが、室町幕府が盛んであった時代。京都郊外桂の里の一体のお地蔵様を巡って歴史に残る事件も起きました。
ある日、桂の里のお地蔵様を祀ったお堂で二人の男が喧嘩を始めました。一人は阿波国(福島県)からやってきた貧しい男、もう一人は近くの西岡という場所に住む竹商人の男でした。どんなきっかけからか口論になり、西岡の男が刀を抜いて阿波の男に切りかかったのです。ところが、もののはずみで刀は桂の地蔵に当たってしまい、突いた西岡の男はたちまち腰が抜けてしまいました。その場に居合わせた里の人々は、桂地蔵の仏罰を恐れるようになりました。
阿波国の男が人々に語るには、阿波国にいたとき一人の小法師が現れ「お堂が壊れて雨漏りがはげしいので、なんとか直して欲しい。」と頼むと阿波国の男は「自分は貧乏で暮らしも苦しく、妻子をおいて遠い国に行くことができない。」
と断りますが「暮らし向きの方は何とか面倒を見るから、とにかく来てほしい。」
と懇願するのでした。仕方なく小法師について京都まできましたが「どこにも行かず、ただここに住んでください。」といってお地蔵様を祀るお堂の前で消えてしまいました。きっと小法師はお地蔵様の化身だと思い、お堂にいるとさっきの西岡の男が現れました。
西岡の男に訳を説明して共にお堂を修理しようと持ちかけましたが「筋のないいいがかりだ」と言って怒りだし先ほどのようなことが起こったというのです。
 まもなく気を取り直した西岡の男は「この御堂を修理し、お仕え申し上げます。」と願ったところ腰の抜けたのが治ったそうです。このことが世に知れて、多くの参拝者が訪れるようになりました。そして、参拝者のお供えでお堂は修復され、病気や目の見えないものはすぐ治るという評判が立ちました。すると桂地蔵の名は都ばかりでなく田舎にもとどき、参拝者が後を絶たなくなりました。
 ところが事態は意外な方向へ進展します。阿波の男とその仲間、合わせて八人が役人にとらえられ、監獄に入れられてしまいました。
 実はこの阿波の男は桂の里近辺に住む男で、仲間と桂地蔵の霊験をでっちあげたのでした。そのため、阿波の男の話は真っ赤なウソでした。つまり、病気や目が治るといった話も全て仲間が広めた作り話だったのです。しかし、西岡の男は無関係だったことが判明しました。つまり男が切りかかったことで、腰が抜けたのは紛れもない事実であったというのです。
『看聞御記』という日記にかきとめた伏見宮貞成親王は「たとえ悪党どもがやったことであっても、万人にご利益が現れた以上どうしてこれが謀略であるといえるのでしょうか。」と書かれました。親王の申しますように、作り話であっても、信じたことで救われた人がいるのならば、お地蔵様には霊験があったと考えてもよいのではないでしょうか。