No.22 トラと仏教(令和4年1月号)

「トラと仏教の関係」
「仏教の説く慈悲とは」

【はじめに】
 
 本年の干支は『寅』にあたり、寅年の動物には『虎』が当てられています。虎は単独で狩りをし、獲物を探して長距離を歩きます。一晩の狩りで10~20kmを歩くとされていますが、狩りの成功率は低く、十分の一程だそうです。虎は長距離を走ることが得意ではないので、狙った獲物の位置を突き止めると、茂みを利用して十分に接近してから、前足と爪を使って瞬時に獲物を捉えます。ちなみに、虎に襲われて一番危険なことは牙や爪のばい菌による感染症です。何とか逃げ切っても感染症により命を落とす危険性があるので、虎に傷をつけられたら速やかに病院の治療を受ける必要があります。
 寅年生まれの人の性格についてインターネットなどで調べてみたところ「怖いもの知らず」「感情の起伏が激しい」「集団より個人」「おしゃべりでムードメーカー」「逆境に強い」など、虎の生態やイメージと合致する特徴が挙げられていました。
 本年最初の地蔵会となる本日は、『トラと仏教』と題してお話したいと思います。

【毘沙門天とトラ】
 トラと縁の深いお寺に奈良県の『信貴山(しぎさん)朝(ちょう)護(ご)孫子寺(そんしじ)』があります。このお寺には大きな張り子の寅がお祀りされ、観光名所としても有名です。

 このお寺とトラの由来は、飛鳥時代に遡ります。日本に仏教が伝来する時、仏教反対派の物部(もののべ)氏の派閥と賛成派の蘇(そ)我(が)氏の派閥が争い、大変な戦いとなりました。そこで聖徳太子が戦勝祈願をすると、「毘沙門天(びしゃもんてん)」が現れ戦勝の秘法を授けたのです。その結果蘇我氏が勝利し、太子は信貴山に毘沙門天をお祀りしました。
 聖徳太子の前に毘沙門天が降臨したのは、寅年、寅の日、寅の刻といわれています。この説話から、日本において毘沙門天とトラ(寅・虎)は深い繋がりを持つようになりました。 
 さて、毘沙門天は七福神の一柱としても知られ、甲冑に身を固める勇ましい軍人の姿で描かれます。
 この甲冑は大いなる「慈悲(じひ)」の鎧とされています。ここでいう『慈悲』とは『あわれみ』ではなく、「他者に対して楽を与え、苦しみを除こうとする思い」のことです。
 「楽を与える」といっても、毘沙門天のお力で問題を解決してくださるから、自分では何もしなくて良いということではありません。仏教における『慈悲』とは「友情」に近いもので、困っている人に寄り添って共に問題を解決しようとする思いです。
 例えば、私たちは病気になるとお医者さんに診察してもらい、処方された薬を飲みます。しかし、薬を飲むから病気が治るのではなく、あくまで薬は『治す手助け』をしてくれるものです。体の不調は薬によって「楽」になりますが、大切なのは身体が自力で病を治そうとする力(自然治癒力)を高めることです。そのため、普段から健康的な食事を摂り、よく運動して、正しい時間に睡眠をとるなど健康的な体作りを心掛ける必要があります。
毘沙門天も、お医者さんと同じように私達の手助けをしてくださり、それが『楽を与える』ということです。最後に苦しみを解決するのは、私たち自身であることを忘れてはいけません。毘沙門天は軍人としての力強さと、他者を救おうとするやさしさを持ち合わせているので、皆様の心強い味方となってくださることでしょう。

【捨身虎子】
 実は、仏教の説く「慈悲」は毘沙門天だけでなく、すべての仏様が持っている思いです。そして、古くから人々の持つ理想的な心持として様々な説話が伝えられてきました。ここでは虎が登場する「捨身(しゃしん)虎子(しこ)」の説話をご紹介したいと思います。
 約2500年前のインドでお釈迦様と呼ばれる方が仏教を開きました。お釈迦様は仏教を開くまでに、何度も生まれ変わりをくり返し、その度に善行(ぜんぎょう)を重ねてきたと伝わります。「捨身虎子」の説話はその生まれ変わりの一つを語っています。
前世で高貴な太子(たいし)として生まれたお釈迦様は、竹林で飢えて動けない虎の母子に遭遇(そうぐう)しました。彼らをあわれんだお釈迦様は山の上から身を投げ、自ら虎の餌食(えじき)となるのです。
 この説話は命を捨てることを美化したお話ではなく、我が身を顧みず他者を救おうとするお釈迦様・仏様の姿勢を示す物語として広く知られるようになりました。
 命を捨てて人を救うことは容易ではありませんが、我が身以上に相手を思う心(慈悲)は見習うべき姿勢ではないでしょうか。
 母虎が子を大切に育てることから、大事な物を手放さない様子を「虎の子」と言いますが、この説話でお腹を空かせても子虎を食べることなく、何とか助けようと努める母虎の姿に前世のお釈迦様(太子)も心を打たれたのかもしれません。

 寅年は「成長」や「始まり」の年であり、新しいことを始めるのに最適な年ともいわれています。以前から気になっていたことなど、皆様も、今年は様々な物事にチャレンジしてみませんか