No.11 人は皆病気である。~『維摩経』の教え~(平成31年3月号)

「維摩の病とは? 人々の病とは?」「聖徳太子も感心した教えとは?」


~維摩のお見舞い~

 仏教を開かれたお釈迦(しゃか)様(さま)のいらっしゃった時代、「維摩(ゆいま)」と呼ばれる立派な仏教信者がいました。仏教の教えをよく理解し、巧みな手段によって人々を正しい方へ導き、妻子をもち、常に清らかな行いをし、多くの人々に慕(した)われていました。

 ある時、維摩が病に臥(ふ)したと聞いて多くの人が具合を心配し駆けつけました。お釈迦様も維摩の見舞いに弟子を遣(つか)わせようと考え、舎利(しゃり)弗(ほつ)にお見舞いに行くように申しました。しかし舎利弗は彼のことが苦手だと言って、昔話を始めました。

 舎利弗が林の下で座禅を組んでいた時のことです。維摩が現れ「ああ、これは本当の意味の座禅ではない。本当の意味の座禅というものは、このような静かな場所だけでなく、一般社会の騒がしい中でも行えてこそ、真の坐禅と言えるのではないでしょうか。」と指摘しました。仏弟子として一般社会から離れて暮らしていた舎利弗は何も言い返すことが出来なくなり、維摩に会うことが気まずくなってしまったのです。

 舎利弗が断るとお釈迦様は他の弟子たちを指名しましたが、皆維摩に負かされた経験があったので尻込みしてしまいました。その中で一人「文殊菩薩(もんじゅぼさつ)」だけが見舞いの申し出を受けました。

 文殊菩薩は「智慧(ちえ)」の優れた仏様です。智慧といえば一般的には勉強の成績などを指しますが、仏教の言う智慧は、この世にある物事のつながり、本当に正しい生き方、についての理解を指します。この文殊菩薩がお釈迦様の申し出を受けたのは、維摩と同等の智慧を持っていたからだとされます。このような二人が行う問答はいかに素晴らしいかと思い多くの者たちが文殊菩薩の後についていくことにしました。

 さて、文殊菩薩が維摩のお家に着くと、部屋の寝床に臥す維摩の姿がありました。維摩は「文殊菩薩よ。よくいらっしゃいました。」と迎えると、文殊菩薩は「お釈迦様が病を心配しております。どのようにして病にかかったのでしょうか。」と伺いました。
維摩は「世の中の人々が病んでいます。だから私は病むのです。もし世の中に病む人がいなくなれば私の病も消えます。その理由は、私や菩薩は生きとし生ける人々を思っているからです。例えば一人の子がいて、その子が病にかかれば親も心配して一緒に病んでしまいます。もし子供の病気が治ると親はほっとして病が治るようなもので、人々を愛するということは、子供を愛する親心と同じなのです。つまり他人を思う慈悲の心によって私は病んでいるのです。」


~維摩の病~

 文殊菩薩は問います「その病はどのような特徴を持っているのでしょうか。」これに対して維摩は「私の病に形はありません。いろいろなものが集まって私たちの身体を作っていますが、病はそれが原因として現れるのです。それを知っているので私は病んでいるのです。」

 なにやら難しいことを言っていますが、簡単に言えば維摩は『分ける病』にかかっていると主張しています。

 仏教ではたった一つで存在するものはないと考えます。どのような物事も互いが関係しあうことで成り立ちます。例えば人の身体も、皮膚、筋肉、骨など様々なものが合わさってできています。たとえ魂が自分だと考えても、結局は宿るための身体がないと『自分』がありません。病も同じで本来は形がありませんが、お医者さんが病の症状に名前を付けて区別しているにすぎないのです。

 このように本来すべての物事は一つで存在しないのに私たちは名前を付け分けています。その『分ける病』に人はかかっており、正しく物事が見えないと維摩は説いているのです。また、維摩自身もその病にかかっているのです。つまり、維摩の病は私たちが考えるような風邪ではなく、心の病だと考えた方が分かりやすいと思います。心と言っても精神的な病ではなく、分ける(差別や区別)する心の癖が病気だと言っているのです。
もう気付いた方もいらっしゃるでしょうが、維摩の病はある意味ウソで、訪れた人々に『分ける病』を個々が持っていると伝えるための方便(巧みな手段)だったのです。


~維摩の答え~

 今度は維摩が質問します。「では、どのようにしたらこの『分ける病』を治せるのでしょう。」二人の問答を見に来た者たちは、それぞれの主張を述べ、文殊菩薩も「私の考えでは、すべてのものにおいて、言葉もなく、考えも、知ることもない。このような問答も離れることが大切なのではないでしょうか…。さて、次は維摩、あなたの意見を述べる番ですよ。」すると維摩は黙って言葉に表しませんでした。

 文殊菩薩は感激し「ああ、すばらしい。文字や言葉に表さないことが、本当の意味で『分ける病』が治ったことになります。」意見を言った者たちは言葉で言い表すことができないと言って、言葉にしています。それでは不十分なので、維摩は言葉を発することなく『分ける病』のない状態を答えたのです。これによって問答を見に来た者たちは正しい生き方に気付き悟りを得るのでした。


~『維摩経』の教え~

 このお話は『維摩経』に説かれています。『維摩経』は聖徳太子を始め多くの歴史上の人物が、学び感激したお経です。実際に聖徳太子は『維摩経義疏(ゆいまきょうぎしょ)』という本を書いたほどです。

 このお話が好まれたのはすべてを平等に見る教えが説かれているためだと考えられます。特に聖徳太子の時代の日本は現代のように一つの国として統一されていませんでした。そのため、治安が安定せず争いが頻発しました。

 おそらくお釈迦様の時代もそうだったことでしょう。互いを差別して憎しみあうことで争いが起きるのならば、争いをなくすには一人一人が互いを平等に見て、自分と等しいと考えることが必要でした。そのような考えを世間に広めるために維摩の教えが説かれ、インドから日本に今日まで伝わったのでしょう。


 皆様も生活の中で気に入らないことがあるかもしれません。しかし、それは相手を差別している『分ける病』であることを思い出しましょう。その病を克服することが出来る人こそ争いを招かない正しい人なのではないでしょうか。