No.20 仏教とお金(令和3年11月号)

「お金の持つ力とは」
「お金は一時的な預かり物」

【はじめに】
 お金があれば、必要な物を買って生活を豊かにできます。また、飛行機や新幹線の費用にあてれば、快適に旅行を楽しむこともできます。そのため、お金には「人を幸せにする力」があると考えることができます。一方で、投資やギャンブルの失敗により返却できないほどの借金を抱えて、路頭に迷うこともあります。すると、お金には「人を不幸にする力」があると考えることもできます。このように、お金には様々な一面があり、一言で「お金とは何か」を定義することは難しいといえるでしょう。
 なぜ、お金には「人を幸せにする」「人を不幸にする」という両極端な働きがあるのでしょうか。本日は、仏教の教えをもとに「お金の持つ二面性」についてお話ししたいと思います。

【お金と執着】
 欲が満たされたとき、人は幸せを感じます。例えば、おなかを空かせてご飯を食べたときに、幸せを感じた経験が皆様にもあるのではないでしょうか。現代は、お金を支払うことで多くのサービスが利用できます。つまり、私たちは「お金」によって様々な欲を満たすことができるのです。そのため「お金儲け」が幸せになる方法だと、考える方もいらっしゃるかもしれません。
 「お金儲け」と聞くと聞こえは悪いですが、お金儲(かねもう)け自体は悪いことではありません。生活を営むためにはお金が必要ですし、趣味や娯楽にもお金は必要です。収入と収支のバランスを考えながら「幸せを得る道具」として、必要な金額を稼ぐのは大切なことだと思います。
 しかし、お金持ちになれば必ず幸せになれるかといえば、そうとは言い切れません。例えば、大富豪であっても身体は一つなので、同時に滞在できる家は一つで、乗れる車も一台です。同時に着られる服の枚数も限られています。このように、人が一度に使える物の数は限られているのに、必要以上の物を求めてしまう場合は、物に対して心がしがみついている状態、つまり「執着(しゅうぢゃく)」を起こしている可能性があります。
「執着」が起こると、物を持っている間は安心ですが、いつか来る「物との別れ」を思って不安になり、実際に失うことで苦しみを味わうことになります。すると、どんなにお金を使っても欲は満たされず、たとえお金持ちになったとしても、不幸を感じることになるでしょう。

【お金の仕組み】
 では、なぜ人はお金に執着(しゅうぢゃく)するのでしょうか。これについて考えるために、お金の仕組みについて確認したいと思います。
 そもそもお金とは、物の価値を数値化(すうちか)したものです。例えば、お金がなかった原始時代では、物々交換をしていました。しかし、物の価値観は人によって大きく異なります。例えば、りんご数個と服一枚を交換するとしても、ある人は「リンゴを十個欲しい」といい、ある人は「リンゴを三十個欲しい」と言うのです。すると、リンゴの価値をより高く見積もってくれる人を求めて、多くの人に尋ねることとなり、交換するためにかなりの時間がかかってしまいます。
 そこで、リンゴは百円、服は千円と物の価値を一目でわかるようにすると、価値を統一することができ、料金の見比べも簡単になります。「こちらのスーパーが安い」とお得にお買い物ができるのも、「お金」という仕組みの恩恵だといえるでしょう。
 しかし、この仕組みを知らなければ「お金」はただの紙や金属の塊です。もし一万円札を目の前で破かれたら多くの「人」はうろたえると思いますが、「動物」の前で破いても普通紙を破いたときと変わらない反応をするでしょう。当然のことですが、お金が破れてうろたえるのは「人」だけです。
 一万円札の原価は約二十円と言われています。一万円札がただの紙切れではなく原価の五百倍の価値をもっているのは、人がその価値を信じているからです。お金に価値があると信じ、欲を満たして自分を幸せにしてくれると信じることで、人はお金に執着するようになると考えられます。

【お金と執着】
 では、なぜお金に執着してはいけないのでしょうか。ここでは、『テーラガーター』というお経をもとに「執着」について考えたいと思います。
『テーラガーター』には「死んで行く者には財宝も随(したが)い行かず、子も妻も財宝も国土も随(したが)い行かない。」と説かれています。つまり、亡くなるときは、財宝・子・妻・故郷などのすべての物事は、自分の寿命と一緒に手放すことになるというのです。たとえ亡くなったのがお金持ちでも、お金などの財産はあの世に持っていけません。そうすると、お金は「自分の物」ではなく「一時的な預かり物」と考える方が良いのではないでしょうか。

 私は「足るを知る(足りていることを知る)」という言葉が、あらゆる執着を離れた姿を上手に表しているように思います。お金に執着を持つ人は欲望に際限がなく、盲目的にお金を求め続けます。しかし、満足を知っている人は冷静になり、本当にお金を使うべきことの取捨(しゅしゃ)選択(せんたく)ができるのではないでしょうか。
 お金には人を「幸せにする力」と「不幸にする力」があります。「一時的な預かり物」と考えることでお金との間に程よい距離ができ、本当に必要な使い道が見えてくることで、身も心も豊かな生活を送ることができるのではないでしょうか。