No.15 善財童子の旅~仏教で大切にされる菩提心とは~(令和元年7月号)

~はじめに~

 お経に『華厳経(けごんきょう)』と呼ばれるものがあります。『華厳経』は六十巻または八十巻という膨大な長さを誇るお経で、「すべてのものに仏がいる。」という考えが説かれています。これを「華厳思想」と呼びます。すべてのものに仏がいると言っても、お寺には木造や石像の彫られた仏が見られるわけで、動物園に行ってライオンを観に行くように、動いて説法する仏を普段見ることはできません。

 では『華厳経』が説く仏がいるとはどのような考えなのでしょうか。『華厳経』に収録されている「入法界品」という章は通称『善(ぜん)財(ざい)童子(どうじ)の旅』とも呼ばれ、この教えについての物語が説かれています。この章が『華厳経』の三分の一の内容を占めていることからもその重要性がうかがえると思います。



~善財童子の旅~

 智慧の仏である「文殊菩薩(もんじゅぼさつ)」がサーラ林で説法をしていると、群集の中に身なりのよい高貴な少年「善財童子」を見ました。
 善財童子の親は隊商の長で、過去に功徳を積んで多くの財宝を蓄えた富豪でした。童子の語は、古くは子どもではなく、青年としての意味で使われていましたので、「善い行いによって財を蓄えた家系の青年」であるためこう呼ばれています。
 善財童子の熱心に聴くその姿に応え、文殊菩薩は彼に向けた仏教の教えを説きました。このとき仏の教えはすべての人々に平等にあるという普賢菩薩の浄土について説かれました。
 文殊菩薩が説法を終えて出立すると、善財童子が駆け寄り文殊菩薩の説かれた浄土に至りたいと願い、ともに旅することを望みました。すると文殊菩薩は「善財童子よ。その《求める心》を起こすことが第一の始まりである。すべての智慧(ちえ)はそこにある。」と祝福しました。そして「そなたを導く者がいる、南方の国に行きなさい。そこに住む功徳雲という僧侶を訪ね菩薩の道について問いなさい。」と言って道を示されました。善財童子は喜び礼拝し南を目指しました。

 南に進んだ善財童子は可楽の国に到着し、山の中で功徳雲を見つけ礼拝し告げました。「尊敬する方。私は教えを乞いにまいりました。どのようにして菩薩の道を得ることができるのでしょうか。」すると功徳雲は「善財童子よ。その《求める心》は素晴らしいものだ。しかし、私が体得したのは、菩薩の道の一部である。それは池に無数の蓮華が点々と水面をおおうように、仏は世界全体に満ちている事である。しかし、人々は積み重ねた過去の行いによって曇った眼で仏を見るので、正しく念じることが出来ない。つまり私は正しく仏を見て念じる瞑想を得ているのみで、他のことは知らない。この地の南の国に海雲という僧侶がいる。その者に菩薩の道について尋ねなさい。」善財童子は功徳雲に礼拝し南に旅立ちました。

 善財童子はこの後に、功徳雲を含めた五十三人の善師(善い師)に出会うことになります。彼らは僧侶だけでなく、王様・医者・子ども・主婦・バラモン(別の宗教の僧侶)など様々な職種、立場の人間に会って菩薩の道を得るにはどうしたらよいかを尋ねて行きます。

 今回は紙数の関係で善財童子が出会った善師たちに関する詳細を省かせていただきますが、善師たちは皆「私が気づいたことはこれだけです。南にいる方を訪ねてください。」といってそれぞれが異なった菩薩の道の一端を語ります。そして、紹介された者との縁がつながれ、五十二人目になると、もう一度文殊菩薩と再開することになります。

 文殊菩薩は「善財童子よ。よく万物の真実の性質を理解しました。もし《求める心》を離れたならば、これを理解することはできなかったでしょう。わずかな幸福に執着(しゅうじゃく)して気づきの道へ向かおうとはしません。あなたはすべてを理解し尽くしました。」と言いました。

 多くの善の知識にまみえた善財童子は「普賢菩薩(普(あまね)く勝(まさ)れた賢者)」のいらっしゃる浄土に入れると思い、普賢菩薩の姿を念じました。
 一心に念じると不思議なことに世界全体が平等に存在することを感じました。すると蓮華座を付した獅子に乗る普賢菩薩が現れました。普賢菩薩は「私の見る世界を見たであろう。」と問うと、善財童子は「はい、たしかに見ました。ただ、このような世界を理解できるのは悟った者(正しい心理に気付いたもの)だけでございます。」と返すのでした。

 普賢菩薩は自分が一般の人間から仏となった経緯(けいい)に《求める心》を忘れず、一般的な道(世間)と仏の道(出世間)の智慧を平等に体得して悟り(気づき)を得たことを語りました。そして、善財童子に向けて、すばらしい功徳をそなえた菩薩の道が授けられたのでした。


~旅の善師たち~

 江戸時代の剣豪に宮本(みやもと)武蔵(むさし)という人物がいます。彼の有名なことばに「我(わ)れ以外、皆(みな)我が師なり」というものがあります。つまり、宮本武蔵が強くなったのは特定の師匠を尊重したのではなく、森の木々や海など万物を師と見て剣について学んだからだとわかります。

 善財童子も同様で、旅を通して様々な職種の人々に出会いました。その度に菩薩の道の一端を学んでゆきました。僧侶は仏が世界全体に満ちているという何やら難しい仏の道について語っていましたが。王様や医者などが語る一般の道は国を護るときの心構えや、治すために人の言葉をしっかり聞くことの大切さなど、単純で世間的な内容でした。

 仏教を信じる人の多くは、僧侶の語った仏の道を大切にしますが、普賢菩薩は菩薩の道を得るために、世間(一般の道)と出世間(仏の道)の両方を学んだことではじめて菩薩の道を得たと語ります。
 そもそも菩薩は仏の世界ではなく、世間に現れ人々を救う仏とされています。そのため、仏の世界も一般の世界も平等に知ることが大切で、それを理解し実行するのが菩薩の道だと言うのです。
 善財童子の旅はただ多くの人々に会っただけでなく、一人一人に菩薩の道の一端を垣間見ることで、すべての人の中に平等に仏の教えが備わっていることに気付いたわけです。そのため、本当の平等を説く普賢菩薩の浄土におもむくことが出来たわけです。

 華厳思想では男性、女性、貧しい人、裕福な人、身分の高い人、低い人すべての人は平等であると考えます。善財童子がこれらの人々から菩薩の道を学んだということは、それぞれの職業や立場にはそれぞれの真理があったと言えます。今回は人を中心にお話は展開しましたが「すべてのものに仏がいる。」というのはすべての人と物の中に仏教の学びがある。その両方を学ぶことが菩薩の道だという事です。


~すべてが等しく価値を持つ~ 

 この平等の真理に善財童子が気づくことができたのはなぜでしょうか。善財童子の旅では、善財童子が《求める心》を持っていることが何度も語られます。《求める心》は平等の真理を求める心を指しますが、仏教用語で「菩提(ぼだい)心(しん)」と呼びます。
 勉強もスポーツもただ受け身で聞くだけでは、苦痛になり、耳の中を音が通るだけで学ぶことができません。しかし、学びたいという強い意志があれば、言葉に耳を傾け真の学びを得ることができます。仏教の教えも同様で、先ずは学びたいという心を起こすことが大切だと考えます。

 善財童子の旅を登山にたとえてみましょう。山の頂上(菩薩の道)を目指すうえで方向を決めるのは一歩目です。初めに善財童子が文殊菩薩に教えを乞うたように、一歩目は向かうべき方向が決定されます。そして頂上までの道のりを歩き続けるための心(菩提心)を捨てることなく進み続けることで、頂上に到着することが出来ます。
ここまでの道のりを振り返ると、一歩一歩がつながって頂上への道をつくったことに気づきます。菩提心を起こしたこと、第一歩を踏み出したこと、道の途中、頂上への最後の一歩どれも平等に価値あるものだと知ることができます。そのため、菩提心もまた自分の中にある菩薩の道への一端だと言えるのではないでしょうか。


 人は自分の価値観の中で優劣をつけ判断しようとします。しかし、これは物事の一端を見ているにすぎません。「すべてのものに仏がいる。」ことを知ることは人を平等に見ることから始まります。好き嫌いをして特別視するのではなく、嫌いな相手にも真剣な心で接してください相手の中に隠れた仏が重要な気づきを持っているはずですから。