No.12 天皇と仏教(平成31年4月号)

「そもそも天皇って何?」「お坊さんになりたくなった天皇たち」


~天皇って何?~

 現在の天皇が譲位(じょうい)(位を譲ること)し、今年の五月に新天皇が誕生する予定ですが、これに伴い元号が新しくなり、日本にとって大きな節目となることは間違いないでしょう。

 天皇を位として見るとEmperor(エンペラー)にあたります。これはKing(王様)より上位で、世界で残されている最も高い位であるとされています。現在、天皇のみがこの位を継承しており、天皇が最高位であると考える人もいるようです。

 これほどの位を持つ天皇ですが、この位に関して皆様はどれだけご存知でしょうか。
そもそも天皇の語源には諸説あり、よくわかっていないようです。この「天皇」の呼び名も平安時代前後に使われ始めたようで、『日本(にほん)書紀(しょき)』という古い書物を見ると、天皇を使用する以前は「尊(みこと)」や「神(みこと)」と書かれています。『日本書紀』には大和(やまと)の国(日本)を治めた神々が登場しますが、天皇はここに紹介される神話の子孫であると考えられています。つまり、『日本書紀』の物語は神話であり、天皇家の歴史でもあるわけです。

 『日本書紀』に登場する人物で有名なものを挙げると「天(アマ)照(テラス)大神(オオミカミ)」がいます。彼女は父であるイザナギが黄泉(よみ)の国から現世に戻り、左目を洗ったときに生まれた尊(とうと)い神で、名前を見ると「天照(天を照らす)」と書かれているように、太陽の神として信仰されてきました。神話では天照大神が天(あまの)岩戸(いわと)に隠れたことで光が消え真っ暗闇になったのですが、他の神々の機転によって岩戸から出すことに成功し、光が戻ったと伝わっています。現在は伊勢神宮(内宮)の中心的な神としてお祀りされ、天皇はこの天照大神を直系とした子孫とされています。


~大日如来=天照大神=天皇~ 

 仏教の中にも大日如来(だいにちにょらい)(毘盧(びる)遮那(しゃな)如来(にょらい))と呼ばれる太陽の仏がいます。東大寺の大仏様と言えば親近感がわくのではないでしょうか。

 弘法大師・空海(くうかい)と呼ばれるお坊さんが、密教という最新の仏教を日本に伝えました。このとき生命の母である太陽(大日如来)は、ただの太陽ではなく、生命の根源(宇宙)であるという考えが起こり、大日如来は宇宙を擬人化(ぎじんか)した仏であると考えられるようになりました。分かりやすくたとえると、宇宙を人型(キャラクター)にした姿が大日如来であるということです。

 後三条天皇の即位式(天皇になるための儀式)から、天皇と大日如来の縁を結ぶ儀式が行われるようになりました。この儀式を灌頂(かんじょう)と呼びますが、師僧が清めた水を弟子の頭にかけ大日如来の弟子となると言ったものです。もともとはインドで王が即位するときの儀式で神々に選ばれたものと証明するためのものです。そのため、天皇に行っても問題はなかったのでしょう。

 神道と仏教の関係が深まると天照大神と大日如来が太陽に関する神仏であること、それぞれが神道と仏教の統治者と考えられたことから、天照大神は大日如来の化身であるという考えが起こり、天照大神の子孫であり、日本の統治者でもあった天皇もまた化身として崇められ、仏教と神道から尊敬される位となりました。つまり大日如来=天照大神=天皇と考えられたわけです。


~天皇から法皇へ~

 天皇の中には仏教を信仰する方が多くいました。そして出家に興味を持つ天皇も現れ、早くに譲位し自由な上皇の身となって出家する天皇も現れました。

 上皇とは元々天皇であった人物を指します。つまり現在の天皇が譲位すると次は上皇と呼ばれるのです。ある学者さんが調べたところ、平安初期から江戸期までの800年の間に約半数の天皇が譲位後に出家したようです。このように出家した元天皇(上皇)のことを法皇(ほうおう)と呼びます。

 上皇が出家した理由は、出家後に亡くなった方が良い来世を迎えられると考えたのかもしれません。そのため、上皇が病気にかかったり高齢になると、出家して法皇となり来世の平安を祈るだけでなく、死後に仏教式の葬式を希望したり、自身で葬式のお経を定めた遺言を残したりと、死後のことを気遣った記録が残されています。

 神道では死後の世界についてあまり説いていません。しかし、仏教では魂の輪廻転生(生まれ変わり)を説き、自らの行いによって来世が変わると考えます。天皇であっても例外はありません。


~神仏習合~

 辞書などを見ると神道と仏教は違う宗教として分けられています。鳥居があれば神道(神社)、仏が祀られていたら仏教(寺)と考えて頂ければよいかと思います。しかし、寺の中に鳥居があったり、神社の中に寺があったりと現在でも例外が見られます。

 昔に比べてこのような光景は減ってしまい、ほぼ寺だけでしか見れませんが、神社の中に寺があることは当たり前でした。しかし、戦前の明治政府の国家神道の考えにより、仏教と神社が切り離され、天皇と係わることが出来るのは神道だけと強制されてしまったためです。しかし、本日のお話から仏教と神道は共に天皇を支えてきた歴史を持ち、共に影響しあい成長した義兄弟のような関係にあったことは明白です。そのため仏教と神道の考え方や儀式の方法が互いに混ざり合い変化してきました。この混ざりあいを神仏習合(しんぶつしゅうごう)と呼びます。

 大日如来と天照大神が同じと考えられ、日本に強い影響を与えたのも、その間に天皇という神がいたからではないでしょうか。このように考えると天皇を柱として仏教と神道が習合したとも言えるのではないでしょうか。


 天皇が今日まで日本の柱として位置づけられたのも、歴史の中で日本の道徳や生死の基準となった仏教と神道の影響が大きかったと私は考えます。しかし、これは今日まで天皇が神仏を大切にし、日本の平和を願うことに努めた結果ではないでしょうか。