~なぜ地獄があるの?~
我々は生まれると同時に死という避けがたい縁(えん)が現れます。死後の世界には、生まれ変わり先を決定する生前の行い(「業(ごう)」)以外に持っていくことはできないとされています。生まれ変わる世界には六つあり、この世界を「六道(りくどう)」と呼びます。そして六道の最下層にある世界が地獄(じごく)です。
地獄(じごく)と聞いて多くの人は怖い印象を持っているのではないでしょうか。鬼がいて燃え盛る火のなかで罪人が苦しみを受ける姿に良い印象を求めることはできないでしょう。しかし、罪人を苦しめることだけが地獄の役割ではありません。
下の写真は地獄でお経を勉強している様子です。我々が知るような危険な雰囲気がなく鬼の監視(かんし)のもと、罪人は黙々と勉学に励んでいるのです。
地獄では苦しみを受ける前に地獄に来た理由を知らされ、どのような行いが悪かったのかを学びます。この写真の場合はお経を悪く言った罪で地獄に来た者たちにお経を学ぶように鬼に指導されているものです。
このように地獄での罰を心から受けられるように教育しているのです。そして、罰を受けて反省した者から地獄での生活を終えるのです。つまり、地獄は心の曲がった人を正しい方へ導く施設なのです。
~鬼の正体~
地獄の光景は人によって違います。善人からすると地獄は何もない平和な世界に見えると言われています。罪人には恐ろしい姿で映る鬼が善人にはその姿が見えないのです。この違いはその人の心にあります。実は鬼はその人の心の罪が形になって現れたものなのです。
心の罪が多ければ自分の周りの鬼の数が増え、色も形も性格も罪人の心によって変わるのです。そのため、地獄での罰は自分の心(鬼)によって償(つぐな)わされていると言えるでしょう。
~地獄の施設紹介~
それでは地獄の紹介になりますが、死後は必ず地獄に招待されます。そこで閻魔(えんま)大王(だいおう)という地獄の裁判官に人生を見られることになります。生前に良いことをすれば天道などの良い世界に生まれ変わり、悪いことをしてきたのならば地獄の施設に招待されるのです。そして、この施設には「八大地獄」というものがあります。字のごとく、八つの地獄を指すわけですが、これらの地獄にはそれぞれ四つの門があり、四つの門にもそれぞれ四つ地獄があるので、8×4×4=128 となるので128か所です。 しかし、八大地獄以外に「八寒地獄」と呼ばれ、寒さで凍える地獄もあり、数えればきりがありません。
それぞれが別々の罪の清算方法を持っているので、閻魔大王はこれらの地獄から、その人が反省できるであろう場所を選ぶのです。
~覚源上人の地獄めぐり~
さて、地獄とはどのような場所かをお話しましたが、なぜ地獄の世界が絵に描かれ、その内容が語られるようになったのでしょうか?
実は実際に地獄を見に行った人物がいたというお話が今日に伝わっているのです。本日は日光(栃木県)に伝わる覚源(かくげん)上人(しょうにん)が体験したお話をしましょう。
昔、日光に寂光寺(じゃっこうじ)というお寺がありました。ここに住んでいた覚源上人は横になり休んでいると、そのまま息を引きとってしまいました。それに気付いた人々は悲しみ抱きかかえました。しかし、上人の体はまるで生きているかのようにあたたかいままでした。そのため、生きているのか死んでいるのかわからず、人々が困ってるうちに17日が過ぎてしまいました。すると、上人が目を覚まし「私は今、冥土(めいど)の旅から戻ったところじゃ。皆にこの話をぜひ聞かせたい。」
と、世にも不思議な旅の話を語り始めました。「私は雲に乗り、闇の中をどこまでも進んでいったところ、炎に包まれた山門があった。鬼が立っていたので、これが地獄門だなと思い。門をくぐるとそこは閻魔堂(えんまどう)があった。閻魔大王の前には大勢の人々が引き据(とら)えられており、その人々を閻魔大王が裁いておった。」
一番前の男が閻魔大王の前に引き出されると「大王様、私は地獄に落ちるような事は何もしていません」すると閻魔大王は、恐ろしい声で怒鳴り。
『だまれ! お前はイヌを三匹、ネコを六匹、殺したであろう!』
「確かに。しかし、イヌやネコを殺しても地獄へ落とされるのですか?」
『当たり前だ!たとえ虫一匹とはいえ、命のありがたみは人間と同じ、面白半分で殺せば罪となる。お前は地獄へ行き、五百年間、鉄棒で打たれ続けるがよい!』
閻魔大王が言うと鬼たちがやって来て、その男をひきたてて行きました。
『次、前に出い!』
「どうとでも好きにしろ!地獄行きは覚悟の上だ」
『そうか。お前の様に反省の色がないやつは黒縄(こくじょう)地獄だ。そこで一千年の間、熱く焼かれた鉄の縄で体をしばられ続けるのだ。よし、次!』
そうしてとうとう上人の番がきました。すると閻魔大王が上人に
『おまえをここへ呼んだのは罪人としてではない。この頃地獄へ落ちる人間の数が増えている。罪を犯せば、死後地獄へ落ちるということを忘れているからではないかと思ってな。それで、人々に説教する役目のおまえに、地獄の恐ろしさをよく見てもらって、人々に話してもらいたいのだ。』
こうして上人は地獄めぐりをすることになり、鬼に体を切り裂かれる人、重い荷物を持って針の山をのぼる人、血の池でもがき苦しむ人、鉄の棒でうち砕かれる人、そんな地獄の様子を見て、上人は地獄から帰ってきたのです。
さて、このように上人の体験は伝わっていますが、閻魔大王の願いは罪びとがいなくなることにあります。上人には閻魔大王の気持ちが伝わり、後に人々に地獄の話を説き続けたそうです。冊子を読むあなたも閻魔大王の願いを伝える一人となっていただければ幸いです。
我々は生まれると同時に死という避けがたい縁(えん)が現れます。死後の世界には、生まれ変わり先を決定する生前の行い(「業(ごう)」)以外に持っていくことはできないとされています。生まれ変わる世界には六つあり、この世界を「六道(りくどう)」と呼びます。そして六道の最下層にある世界が地獄(じごく)です。
地獄(じごく)と聞いて多くの人は怖い印象を持っているのではないでしょうか。鬼がいて燃え盛る火のなかで罪人が苦しみを受ける姿に良い印象を求めることはできないでしょう。しかし、罪人を苦しめることだけが地獄の役割ではありません。
下の写真は地獄でお経を勉強している様子です。我々が知るような危険な雰囲気がなく鬼の監視(かんし)のもと、罪人は黙々と勉学に励んでいるのです。
地獄では苦しみを受ける前に地獄に来た理由を知らされ、どのような行いが悪かったのかを学びます。この写真の場合はお経を悪く言った罪で地獄に来た者たちにお経を学ぶように鬼に指導されているものです。
このように地獄での罰を心から受けられるように教育しているのです。そして、罰を受けて反省した者から地獄での生活を終えるのです。つまり、地獄は心の曲がった人を正しい方へ導く施設なのです。
~鬼の正体~
地獄の光景は人によって違います。善人からすると地獄は何もない平和な世界に見えると言われています。罪人には恐ろしい姿で映る鬼が善人にはその姿が見えないのです。この違いはその人の心にあります。実は鬼はその人の心の罪が形になって現れたものなのです。
心の罪が多ければ自分の周りの鬼の数が増え、色も形も性格も罪人の心によって変わるのです。そのため、地獄での罰は自分の心(鬼)によって償(つぐな)わされていると言えるでしょう。
~地獄の施設紹介~
それでは地獄の紹介になりますが、死後は必ず地獄に招待されます。そこで閻魔(えんま)大王(だいおう)という地獄の裁判官に人生を見られることになります。生前に良いことをすれば天道などの良い世界に生まれ変わり、悪いことをしてきたのならば地獄の施設に招待されるのです。そして、この施設には「八大地獄」というものがあります。字のごとく、八つの地獄を指すわけですが、これらの地獄にはそれぞれ四つの門があり、四つの門にもそれぞれ四つ地獄があるので、8×4×4=128 となるので128か所です。 しかし、八大地獄以外に「八寒地獄」と呼ばれ、寒さで凍える地獄もあり、数えればきりがありません。
それぞれが別々の罪の清算方法を持っているので、閻魔大王はこれらの地獄から、その人が反省できるであろう場所を選ぶのです。
~覚源上人の地獄めぐり~
さて、地獄とはどのような場所かをお話しましたが、なぜ地獄の世界が絵に描かれ、その内容が語られるようになったのでしょうか?
実は実際に地獄を見に行った人物がいたというお話が今日に伝わっているのです。本日は日光(栃木県)に伝わる覚源(かくげん)上人(しょうにん)が体験したお話をしましょう。
昔、日光に寂光寺(じゃっこうじ)というお寺がありました。ここに住んでいた覚源上人は横になり休んでいると、そのまま息を引きとってしまいました。それに気付いた人々は悲しみ抱きかかえました。しかし、上人の体はまるで生きているかのようにあたたかいままでした。そのため、生きているのか死んでいるのかわからず、人々が困ってるうちに17日が過ぎてしまいました。すると、上人が目を覚まし「私は今、冥土(めいど)の旅から戻ったところじゃ。皆にこの話をぜひ聞かせたい。」
と、世にも不思議な旅の話を語り始めました。「私は雲に乗り、闇の中をどこまでも進んでいったところ、炎に包まれた山門があった。鬼が立っていたので、これが地獄門だなと思い。門をくぐるとそこは閻魔堂(えんまどう)があった。閻魔大王の前には大勢の人々が引き据(とら)えられており、その人々を閻魔大王が裁いておった。」
一番前の男が閻魔大王の前に引き出されると「大王様、私は地獄に落ちるような事は何もしていません」すると閻魔大王は、恐ろしい声で怒鳴り。
『だまれ! お前はイヌを三匹、ネコを六匹、殺したであろう!』
「確かに。しかし、イヌやネコを殺しても地獄へ落とされるのですか?」
『当たり前だ!たとえ虫一匹とはいえ、命のありがたみは人間と同じ、面白半分で殺せば罪となる。お前は地獄へ行き、五百年間、鉄棒で打たれ続けるがよい!』
閻魔大王が言うと鬼たちがやって来て、その男をひきたてて行きました。
『次、前に出い!』
「どうとでも好きにしろ!地獄行きは覚悟の上だ」
『そうか。お前の様に反省の色がないやつは黒縄(こくじょう)地獄だ。そこで一千年の間、熱く焼かれた鉄の縄で体をしばられ続けるのだ。よし、次!』
そうしてとうとう上人の番がきました。すると閻魔大王が上人に
『おまえをここへ呼んだのは罪人としてではない。この頃地獄へ落ちる人間の数が増えている。罪を犯せば、死後地獄へ落ちるということを忘れているからではないかと思ってな。それで、人々に説教する役目のおまえに、地獄の恐ろしさをよく見てもらって、人々に話してもらいたいのだ。』
こうして上人は地獄めぐりをすることになり、鬼に体を切り裂かれる人、重い荷物を持って針の山をのぼる人、血の池でもがき苦しむ人、鉄の棒でうち砕かれる人、そんな地獄の様子を見て、上人は地獄から帰ってきたのです。
さて、このように上人の体験は伝わっていますが、閻魔大王の願いは罪びとがいなくなることにあります。上人には閻魔大王の気持ちが伝わり、後に人々に地獄の話を説き続けたそうです。冊子を読むあなたも閻魔大王の願いを伝える一人となっていただければ幸いです。






