No.5 極楽の話(平成29年1月号)

「極楽とはどのような場所?」
「極楽でお世話になる前の心得」


~はじめに~
 亡くなった人の魂(たましい)はどこへ行くのだろう。生きている間に誰もが一度は考える疑問です。
 仏教では「六道」と言って「天道(てんどう)・人(にん)間道(げんどう)・修羅(しゅら)道(どう)・畜生(ちくしょう)道(どう)・餓鬼(がき)道(どう)・地(じ)獄道(ごくどう)」の6つの死後の世界を説きます。しかし、今回お話します「極楽(ごくらく)(極楽(ごくらく)浄土(じょうど))」はこれらの先にある仏様の世界です。

~極楽とはどのような場所ですか?~
 温泉に浸かって「あ~、極楽、極楽。」と言うように極楽は幸せな場所、楽しい場所といったイメージがありますが、具体的にどのような場所なのでしょうか。
 古い経典(きょうてん)によれば、「まことに涼しいところで、暑くも寒くもない風が吹いています。そして、美しい迦陵頻伽(かりょうびんが)(空想上の鳥)の鳴き声なども聞こえ、地面には金の砂が一面に敷かれ、あるいはいろいろな樹木が7つの宝からできていて、その葉が金よりなっています。さらに真四角の蓮池があり、食べ物がたくさんある。」と説かれています。
イメージ通りの理想的な環境ですが、理想的な環境であっても極楽に行けばすべての人が幸せになるとは限りません。
この理由についてお話しする前に地獄と極楽の食事について知る必要があります。

~地獄と極楽の食事~
 極楽は当然のこと地獄も食事を食べることが出来ます。しかし、どちらの世界でも食べるときに使う箸の長さが一メートル以上あります。そのため、箸が長すぎて自分の口に食べ物を上手に運ぶことができず、そうこうしているうちに、周りの人に箸がぶつかってケンカになってしまいます。あきらめて箸を手放して食事を鷲(わし)づかみしますが、つかんだ食事は消えてゆき食べることが出来ません。地獄の住人は食べることができないことで飢えに苦しむのです。
さて、極楽も同じく長い箸を使いますが、極楽の住人は助け合うことを知っているため、互いに長い箸で食べさせ合うことに気付きます。自分が相手に食べさせてあげたら今度はお礼に相手が食べさせてくれます。
このように地獄と極楽では食事に差はないのですが、思いやり一つで食事の場が地獄にも極楽にも変わるのです。

~極楽で救われる人とは?~
 それではどのような人が極楽で幸せになることが出来るのでしょうか。先ほどの食事の例のように、助け合うことのできる人、そして、自分の欲に囚(とら)われない人が極楽で幸せに生きることが出来るのです。
 例えば争いを好む人が極楽に行っても幸せを得ることはできません。極楽に行ったとしても争いがなく、平和であることに退屈してしまうからです。それでは極楽に行っても性格が合わなければ無駄足なのでしょうか?

~極楽の管理人「阿弥陀さま」~
 極楽には「阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)(阿弥陀(あみだ)さま)」と呼ばれる仏様がいらっしゃいます。当寺の中央(お地蔵さま)の右にいらっしゃるのが阿弥陀さまです。
 阿弥陀さまはもともと修行者でしたが、人々を救おうと四十八の願いを立てられました。そして四十八の願いが叶ったことで現れた世界が極楽なのです。つまり、極楽は阿弥陀さまのやさしいさ(慈悲の心)によって造られた世界といえます。
 極楽は阿弥陀さまの世界なので仮に極楽にふさわしくない人が来たとしても、快(こころよ)く受け入れてくれます。さらに阿弥陀さまは修行のプロフェッショナルであることから、極楽は心を正すための修行の場でもあります。そのため、極楽で幸せに暮らせるように阿弥陀さまが導いて下さるということになります。

~極楽に行くためにはどうすればよいのか?~
 経典によれば極楽に生まれたいという願いを起こすことで極楽に生まれ変わることが出来るとされています。しかし、わずかな功徳ではなかなかすぐに生まれ変わることはできないので、功徳を積まれた阿弥陀さまのお力をかりて極楽に導いていただきましょうと説かれております。
 人に気付いてもらうときや何か頼みごとをするときは名前や役職を呼んでからお願いすると丁寧ですよね。なので阿弥陀さんも声をかけてみてください。お名前なら「南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)」、ご真言ならば「オン アミリタ テイセイ カラ ウン」とお唱えすれば、皆様の思いが届きます。

~極楽に行く前に~
 さて、ここまで極楽とはどのような場所かお話ししてまいりました。
極楽は美しくて食べ物がたくさんある過ごしやすい環境です。おまけに欲深い人にも手を差し伸べてくれる修行のインストラクターが付いて、欲から離れるお手伝いをして下さいます。そのため、「何もしなくても何とかなる」と思いがちですが阿弥陀さまに甘えてばかりいてはいけません。
 どうせ極楽でも努力しなければならないのならば、現世で少しずつ正しい生活をして極楽にふさわしい住人となるように努力を始めてはいかがでしょうか?
正しい生活とは経本に説かれた内容になります。例えば「不殺生」(むやみに生き物を殺さない)「不偸盗」(人のものを盗まない)など人と係わる中で大切な行動となります。
目先の欲に囚(とら)われてばかりいては本当の幸せは見えてきません。自分の損得(そんとく)ばかり考えず、小さなことからコツコツと他人を思いやる努力をすることが極楽への道となります。