「時間(命)を無駄にしていませんか?」
「制限のある生活を楽しむ方法とは」
【制限のある生活は、やりたいことを「我慢する」生活なのか】
コロナ禍において、スポーツやコンサート、会食、その他の外出など生活に制限が設けられ、不自由を感じている方も多いかもしれません。しかし「やりたいことができないのはコロナ禍のせいだ」と環境を嘆いて何も行動しなければ、「時間」すなわち「命」を浪費してしまいます。
では、制限のある生活を楽しむために、何をしたら良いのでしょうか。本日は『マールンキャ経』の「毒矢のたとえ」と呼ばれるお話から「時間」の大切さを学び、「コロナ禍をどう生きるか」について考えてみたいと思います。
【毒矢のたとえ】
あるとき、仏弟子の「マールンキャプッタ」は、「世界は永遠なのか、違うのか。魂と体は同じか、別か…。もし、お釈迦様がこれらの問題に答えられないならば、私は彼のもとを去り、世俗の生活に戻ろう。」と考えます。
そこで、マールンキャプッタはお釈迦様のもとへ行き、自分の考えを述べました。すると、お釈迦様は次のようなたとえ話を説かれたのです。
「ある人が毒を塗った矢で射られたとしましょう。これを見て、人々は彼のために医者を呼びました。しかし、彼は『矢を射た者がどこの出身かわかるまで、矢は抜き取ってはならない』『矢を射た人の名前がわからない間は、この矢を抜き取ってはならない』『私を射た人の背丈が高いか、低いか、中くらいかわからない間は、矢を抜き取ってはならない』などと言うとします。このようなことを話している間に、毒が全身にまわって彼は死んでしまうでしょう。マールンキャプッタよ。『世界は永遠なのか、違うのか。魂と体は同じか、別か…』などがわかったところで、正しい修行ができるわけではありません。たとえ、『世界は永遠である』あるいは『世界は永遠ではない』という見解があったとしても、人間には生・老・病・死があり、苦しみがなくなることはないのです。私は、人間の苦悩を消滅させるための教えを説いています。なぜ私があなたの質問について説かないか。それは、その問いを解き明かしても私達に利益はなく、修行生活の基礎となるものでもなく、正しい悟(さと)り(本当の幸せ)に到達するために、何の役にも立たないことだからです。」これを聞いたマールンキャプッタは、お釈迦様の教えに心から満足しました。
【時間(命)を大切に】
「毒矢のたとえ」で、お釈迦様は「世界は永遠なのか、違うのか」などの、自分の苦しみの克服や本当の幸せへの到達に繋がらない問いの答えを求める暇はない、と説かれました。それらに気を取られていると、本当に大切なことに気づかないまま寿命が尽きてしまうからです。
人間にとって大切なのは悟りを開くこと、すなわち「本当の幸せ」に気づくことだと、お釈迦様は説かれます。忘れがちなことですが、「時間を使う」ことは「命を使う」ことです。そのため、自分の身にならないことに時間を使うのは、命の無駄遣いであるといえます。
【制限のある生活を楽しむ】
そうはいっても、外出や接触を自粛せざるを得ない現状では、実現しにくいこともあります。しかし、現状を嘆くためだけに有限な命を使うのは、「もったいない」ことです。
実は「毒矢のたとえ」の中に、「制限のある生活を楽しむためのヒント」があります。それは、個人の力ではどうしようもない出来事にとらわれるのではなく、「今自分ができること」を見つける大切さです。これをコロナ禍の生活に当てはめると、一例として「外に出ることができないならば、自宅や一人でできることに目を向けてみる」ということが挙げられます。
趣味に没頭する、長年やってみたかったことに挑戦する。これまで時間がなくて諦めていたことは、今が始め時かもしれません。絵が好きな方は自分で描いてみたり、音楽が好きな方は楽器を始めてみるのも素敵だと思います。あるいは、ボールペン字や茶道など、気になっていた習い事を通信講座やオンライン教室で始めてみるのもおすすめです。
また、資格取得などお仕事のスキルアップにも最適な時期だと思います。勉強を始めるのに、年齢は関係ありません。例えば、不動産取引のプロフェッショナルである「宅地建物取引士」(宅建士)の史上最年少合格者は十二歳で、史上最高齢合格者は九十歳だそ うです。
新しいことに挑戦し続けると、人生が前向きになり、生活も楽しくなると思います。もし、やりたいことがあるならば、気がかりの多い世情だからこそ、後悔のないように過ごすことが大切なのではないでしょうか。
【土台となる健康を大切に】
しかし、新しいことを始めるためには、土台となる「健康」を整えなければなりません。男女の平均寿命は八十代、健康寿命は七十代前後と言われています。健康寿命の平均はあくまで目安で、生活習慣に気を付ければ、健康寿命だけでなく命の期限も伸びます。偏った食生活や運動不足は、がんや心臓疾患などの重篤な病気にも繋がる、生活習慣病の原因の一つです。
コロナ禍以前の社会を個人の力だけで取り戻すのは、難しいことだと思います。しかし、「現状をどう生きるか」は私達一人一人が選べるのです。「〇〇ができない」と現状を嘆くのではなく、「今自分にできること」を楽しむ方が、命尽きる時「幸せな人生だった」と言えるのではないでしょうか。
「制限のある生活を楽しむ方法とは」
【制限のある生活は、やりたいことを「我慢する」生活なのか】
コロナ禍において、スポーツやコンサート、会食、その他の外出など生活に制限が設けられ、不自由を感じている方も多いかもしれません。しかし「やりたいことができないのはコロナ禍のせいだ」と環境を嘆いて何も行動しなければ、「時間」すなわち「命」を浪費してしまいます。
では、制限のある生活を楽しむために、何をしたら良いのでしょうか。本日は『マールンキャ経』の「毒矢のたとえ」と呼ばれるお話から「時間」の大切さを学び、「コロナ禍をどう生きるか」について考えてみたいと思います。
【毒矢のたとえ】
あるとき、仏弟子の「マールンキャプッタ」は、「世界は永遠なのか、違うのか。魂と体は同じか、別か…。もし、お釈迦様がこれらの問題に答えられないならば、私は彼のもとを去り、世俗の生活に戻ろう。」と考えます。
そこで、マールンキャプッタはお釈迦様のもとへ行き、自分の考えを述べました。すると、お釈迦様は次のようなたとえ話を説かれたのです。
「ある人が毒を塗った矢で射られたとしましょう。これを見て、人々は彼のために医者を呼びました。しかし、彼は『矢を射た者がどこの出身かわかるまで、矢は抜き取ってはならない』『矢を射た人の名前がわからない間は、この矢を抜き取ってはならない』『私を射た人の背丈が高いか、低いか、中くらいかわからない間は、矢を抜き取ってはならない』などと言うとします。このようなことを話している間に、毒が全身にまわって彼は死んでしまうでしょう。マールンキャプッタよ。『世界は永遠なのか、違うのか。魂と体は同じか、別か…』などがわかったところで、正しい修行ができるわけではありません。たとえ、『世界は永遠である』あるいは『世界は永遠ではない』という見解があったとしても、人間には生・老・病・死があり、苦しみがなくなることはないのです。私は、人間の苦悩を消滅させるための教えを説いています。なぜ私があなたの質問について説かないか。それは、その問いを解き明かしても私達に利益はなく、修行生活の基礎となるものでもなく、正しい悟(さと)り(本当の幸せ)に到達するために、何の役にも立たないことだからです。」これを聞いたマールンキャプッタは、お釈迦様の教えに心から満足しました。
【時間(命)を大切に】
「毒矢のたとえ」で、お釈迦様は「世界は永遠なのか、違うのか」などの、自分の苦しみの克服や本当の幸せへの到達に繋がらない問いの答えを求める暇はない、と説かれました。それらに気を取られていると、本当に大切なことに気づかないまま寿命が尽きてしまうからです。
人間にとって大切なのは悟りを開くこと、すなわち「本当の幸せ」に気づくことだと、お釈迦様は説かれます。忘れがちなことですが、「時間を使う」ことは「命を使う」ことです。そのため、自分の身にならないことに時間を使うのは、命の無駄遣いであるといえます。
【制限のある生活を楽しむ】
そうはいっても、外出や接触を自粛せざるを得ない現状では、実現しにくいこともあります。しかし、現状を嘆くためだけに有限な命を使うのは、「もったいない」ことです。
実は「毒矢のたとえ」の中に、「制限のある生活を楽しむためのヒント」があります。それは、個人の力ではどうしようもない出来事にとらわれるのではなく、「今自分ができること」を見つける大切さです。これをコロナ禍の生活に当てはめると、一例として「外に出ることができないならば、自宅や一人でできることに目を向けてみる」ということが挙げられます。
趣味に没頭する、長年やってみたかったことに挑戦する。これまで時間がなくて諦めていたことは、今が始め時かもしれません。絵が好きな方は自分で描いてみたり、音楽が好きな方は楽器を始めてみるのも素敵だと思います。あるいは、ボールペン字や茶道など、気になっていた習い事を通信講座やオンライン教室で始めてみるのもおすすめです。
また、資格取得などお仕事のスキルアップにも最適な時期だと思います。勉強を始めるのに、年齢は関係ありません。例えば、不動産取引のプロフェッショナルである「宅地建物取引士」(宅建士)の史上最年少合格者は十二歳で、史上最高齢合格者は九十歳だそ うです。
新しいことに挑戦し続けると、人生が前向きになり、生活も楽しくなると思います。もし、やりたいことがあるならば、気がかりの多い世情だからこそ、後悔のないように過ごすことが大切なのではないでしょうか。
【土台となる健康を大切に】
しかし、新しいことを始めるためには、土台となる「健康」を整えなければなりません。男女の平均寿命は八十代、健康寿命は七十代前後と言われています。健康寿命の平均はあくまで目安で、生活習慣に気を付ければ、健康寿命だけでなく命の期限も伸びます。偏った食生活や運動不足は、がんや心臓疾患などの重篤な病気にも繋がる、生活習慣病の原因の一つです。
コロナ禍以前の社会を個人の力だけで取り戻すのは、難しいことだと思います。しかし、「現状をどう生きるか」は私達一人一人が選べるのです。「〇〇ができない」と現状を嘆くのではなく、「今自分にできること」を楽しむ方が、命尽きる時「幸せな人生だった」と言えるのではないでしょうか。





