幸福寺の法話 「お盆のお話し」

平成二十八年 八月号 「お盆のお話し」




「目連さんと母親」



 仏教を開いたお釈迦(しゃか)様のお弟子さんに目連(もくれん)という方がいらっしゃいます。目連は修行で神通力(じんつうりき)(超能力)を得た方で、神通第一として称えられるほどの人物です。

 ある日、目連は「親身に私を育ててくださった母は元気だろうか?」と思い。神通力を使って母親を探すことにしました。
 天道(てんどう)、人(にん)間道(げんどう)、修羅(しゅら)(どう)、畜生(ちくしょう)(どう)と訪ねましたが母親を見つけることができませんでした。
 次に地獄(じごく)を訪ねると母親は餓鬼(がき)(どう)にいることを知りました。餓鬼道とは開いた口から炎が出て、食べた物が炎となり、飲み水は熱湯となる鬼の姿として生きるのです。
 目連はその姿に戸惑いました。たくさんの食べ物や飲み物を用意してくださった心の優しい母親がなぜ餓鬼道という苦しい世界に落ちなければならなかったのか。その理由をお釈迦様に尋ねることにしました。
 お釈迦様は「あなたの母親はあなたには優しかった。しかし、あなたの母親は他人に施(ほどこ)すことをしませんでした。」

 あるとき、目連の母親が両手いっぱいの食べ物を運んでいたとき、一人のお坊さんが「何か食べ物を恵んでくださいませんか」とお願いしたところ、「これは目連の分だからあんたにあげる物は何もないよ」と言って去っていきました。また、目連の母が大きな水瓶を持っていたとき、村人が「暑くて意識がもうろうとして今にも倒れそうだ。良ければその瓶の水を分けていただけないだろうか。」とお願いすると、母親は「これは目連の分だからあんたにあげる物は何もないよ」と言って去っていきました。その後、目連が食べきれなかった食料は捨ててしまいました。
 目連の母親の心は貪(むさぼ)(欲しがる心)にとらわれていたのです。そのため、欲しくてもその渇きを潤(うるお)すことのできない餓鬼道に落ちてしまったのです。
 
 さて、目連はそれでも母親を救いたいと願い、お釈迦様にどうすれば助けられるかと尋ねたところ。「母親が他人にしなかったことをしてあげなさい。」と言われました。

 目連はさっそくお坊さんや村人、神仏を集めてたくさんの食べ物、飲み物を施したところ母親が天道に昇る姿が見えました。目連はうれしさを体で表現しました。その動きは今日の盆踊りとして伝わっています。また、目連の施しはお盆の行事として日本に伝わり、私たちもご先祖様に施しをするようになりました。


「目連の母親に足りなかったもの」

 結論から申しますと目連の母親に足りなかったものは布施(ふせ)(お布施)の心です。布施と言ったらお坊さんに渡す物を思い浮かべますが、それは布施の一部にすぎません。ここでは無財(むざい)の七施(しちせ)をご紹介します


【無財(むざい)の七施(しちせ)】

①眼施(げんせ)…優しいまなざしで人に接する。
②和顔施(わげんせ)…笑顔で人に接する。
③言辞施(ごんじせ)…優しい言葉遣いで接する。
④身施(しんせ)…体を使って人のために行動しましょう。
⑤心施(しんせ)…心から感謝の言葉を伝えましょう。
⑥床座施(しょうざせ)…席や場所を譲る。
⑦房舎施(ぼうしゃせ)…自由に泊めてあげる。訪ねてきた人に優しく。

 
 物やお金がなくてもできる布施があります。人のために無償で動くことが無財の七施です。他人のために何かをして、互いに助け合うことが大切だとこのお話は語っているのではないでしょうか。

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